さしみ惣菜としては最高級魚のひとつクロマグロの学名はThunnus thynnusです.分布の中心は大西洋と太平洋でインド洋には分布しません.昔は大西洋の南半球でも多くの漁獲がありましたが,現在ではほとんど漁獲の報告はありません.また同様に太平洋でも南半球では年間に百を超えるか超えないかという単位でしか漁獲はありません.太平洋と大西洋のクロマグロが同種か否かについては昔から多くの議論がありますが,全く異なる個体群であるということに異論を唱える人はないでしょう.当然のことながら形態的には非常に良く似ていますが,鰓杷数が若干異なること,大西洋のクロマグロでは体腔内背面部が膨らむが(図2),太平洋のものではそれがないという差異もあります.これらのことから,同種ではあるが隔離された海域に生息する品種や系統群とする考え方,もうちょっと分化していて亜種であるとする考え方,さらに一歩進んで,すでに別種であるとする考え方,があります.現在では,一般には2亜種(Thunnus thynnus thynnusThunus thynnus orientalis)とする見方と,完全な別種(Thunnus thynnusThunnus orientalis)とみる見方が主流です.生物の系統類縁関係の真実を知るというのは大変難しいのですが,いろんな手法を用いて検討してみるのも興味を誘われるものです.最近はやりの遺伝子解析を用いれば何でも解明できると考えるのは明らかに間違っていますがひとつの有効な手段であることにはかわりありません.ここでは他のマグロ類も含めた遺伝子からみたマグロ類の系統類縁関係について解説します.

マグロを全部並べてみますと,クロマグロ(大西洋と太平洋),ミナミマグロ(T. maccoyii),メバチ(T. obesus),キハダ(T. albacares),ビンナガ(T. alalunga),コシナガ(T. tonggol),タイセイヨウマグロ(T. atlanticus)の7種になります.このうち,コシナガとタイセイヨウマグロはそれぞれインドー太平洋及び大西洋固有で,メバチ,キハダ,ビンナガは全大洋に出現します.これら全種についてミトコンドリアDNAの遺伝子の一部について塩基配列を調べたところ非常に面白い現象が発見できました.塩基配列データから各種間の類似度に基づいて枝別れ図を作ると図1のようになりました.すなわち,亜種か別種かとりざたされるほど似ている大西洋と太平洋のクロマグロは遠く離れており,太平洋のものは全く別種のビンナガと非常に似たミトコンドリアDNAを持っていることがわかりました.また,マグロ類は形態と生態から,熱帯性のキハダ,コシナガ,タイセイヨウマグロというキハダグループと冷水帯に適応したクロマグロ,ミナミマグロ,メバチ,ビンナガというクロマグログループに大きく2大別されているのですが,ミトコンドリアDNAからはそのようなグループ分けは支持されない結果となりました.ただ,やはりキハダグループの面々はかなり近い関係にはあるようです.さて太平洋のクロマグロとビンナガが近いというのはどういうことでしょうか.ここでひとつの仮説を考えました.それは,過去(何万年前かはわかりませんが)に太平洋のクロマグロとビンナガ間で異種間交雑が起こり,ビンナガのミトコンドリアDNAがクロマグロ集団に広がったのではないかということです.これはひとつの仮説にすぎませんが,DNAの分析結果からみるとそれ以外にはどうも考えられないようです.ちょっとややこしいのですが,大西洋にも太平洋にも太平洋型と大西洋型のものがごくわずかに見られます.このことも雑種説を裏付けることのようです.この結果は現在,漁獲や輸出入が規制されている大西洋クロマグロを太平洋のものから識別する目的で水産庁に利用されています.(Link Site)

 

図1. ミトコンドリアDNA遺伝子からみたまぐろ属魚種の類縁関係

図2. まぐろの通称”オッパイ”大西洋クロマグロとミナミマグロにはみられるが

太平洋クロマグロにはない特徴.エラを取り去った穴の奥のほうに見える膨らみがそれです。